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質ん淵の話(しちんぶちのはなし)

大嶺 市ノ瀬

 昔、市の瀬(いちのせ)の質ん淵の近くに、あるお寺の土地がありました。寺の小僧(こぞう)さんは、毎日そこへ出かけてせっせとあれ地をたがやしていました。

 ある日のことです。小僧さんが、いつものように一生けんめい木のかぶをほり起こしていると、足元にクモが一ぴき近よってきました。まだ、小

僧さんとはいえ、お寺で働いているので、クモをころすわけにはいきませんでした。クモがおもしろい動きをするので、手を休めてじっと見ていま

した。すると、クモは、小僧さんの足にクモの糸をつけては、質ん淵へ行き、また、小僧さんの足に糸をつけては質ん淵へと、何度も何度も同じことをくりかえしていました。「何をしているんだろう。」と思いま

したが、いつまでも休んではいられないので、立ち上がりました。そして、足にまきつけられたクモの糸をすぐそばの木のかぶにうつしかえると、また、せっせとあれ地をたがやし始めました。しばらくたって、気

になった小僧さんは、クモの方を見てみました。

「まだやっているぞ。」

さっきのくもは、同じように質ん淵と木のかぶの間を行ったり来たりしていました。

「いったい何をやっているんだろう。」

と小僧さんが言ったときでした。

「よいか。」

という大きな声がしたかと思うと、それに答えるように、

「よしきた。」

という大声が小僧さんのすぐそばでしました。

 するとどうでしょう。クモの糸をつけた大きな木のかぶは、見る見るう

淵へ引っぱりこまれていってしまいました。

 それを見た小僧さんは、「本当は、自分が引っぱられるはずだった。」と思うと、真っ青になって、お寺の方までにげ帰ったということです。

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