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大滝なぎ(おおたきなぎ)

下平山

 明治も終わりに近いころのできごとです。

 秋葉参りの人々がいつも決まってとまる宿が下平山にありました。名前は竜東館といいました。

 ある夏のこと、空はあつい雲におおわれ、来る日も来る日も雨ばかりふっていました。

 竜東館では、衣類を売り歩く二人の旅人が、雨のあがるのを待っていました。たいくつになった二人は、お酒でも飲もうとおたきさんの店にやってきました。おたきさんの主人の又五郎さんは、浜松方面の仕事にいったまままだ帰りません。心配になった親るいの金次さんが、竜東館のおたきさんのところへ様子を見に来ました。

「変わったことはないかい。雨もこぶりになったようだが。」

「そうですね。雨がやんだかもしれないけど、なにか変な気がするわ。」

そんなことを話しながら、三人は部屋から外をながめるとふり続いた雨がいったんやみました。

「おや、もう雨がやんだのかな。」

と、たび人が言いました。すると、突ぜん、うら山がくずれ出し、おたきさんと旅びとの三人は、家といっしょにおし流されてしまいました。しかし、店の入り口にいた金治さんだけが外へ逃げて危うく助かりました。

 ちょうどそのころ、浜松の宿にいた又五郎さんは、虫のしらせか、家のことが心配になって、龍山の方の空を見ると、気のせいかおたきさんのひめいのようなものが聞こえました。「もしや、なぎが出て家が流され、おたきが死んでしまうのでは。」といやな予感がし、又五郎さんは思わず身ぶるいしました。

 雨もあがり、主人の又五郎さんがやっと竜東館へ帰ってみると、なぎのために、家はかげも形もなくなっていました。三人もどこにうずまったのかわかりません。又五郎さんは、くずれた土や岩のところに立ちつくすだけでした。

 今も残るこのなぎのあとを、人々は、大たきなぎと呼んでいます。

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