「蛇淵の古道_仏様」
さとうなつみ作
池之田の大蛇(いけのたのだいじゃ)
戸倉
火防(ひぶせ)※1の神をまつる秋葉山に登るにはいくつかの道があります。
その一つに戸倉から登るコースがあります。
今から二百五十年ほど前の話になります。昔は、この戸倉から登るとちゅうに、池之田というところがあって、そこには大きな池がありました。そして、池には一匹(いっぴき)の恐(おそ)ろしい大蛇(だいじゃ)が住んでいたということです。
ある日のことでした。村の庄屋(しょうや)※2の下男(げなん)※3
の子どもで、五つになる新吉が、この池のほとりで遊んでいると、とつぜん池の中から大蛇があらわれました。
「あっ。」
と、いう間もなく、大蛇は新吉を、ひとのみにしてしまいました。
近くの山の中で、仕事をしていた庄屋がこのことを知って、
「たいへんだ。たいへんだ。」
と、叫びながら池の近くへ走ってきたのですが間に合いません。大蛇は子どもをのみ、そのまますっと池の中にかくれてしまいました。
「にくい大蛇だ、このまま生かしておいたら、またどんなことをするかわからない。今から大蛇たいじをするのだ。手伝ってくれ。」
と、戸倉の人たちを、みんな集めてきました。
まず、池の入り口を切って水を流し出しました。そして、鉄を焼いて池の中に投げ入れました。また、大蛇のいそうなところに、鉄砲(てっぽう)をうちこみました。
やがて日もくれかけたので、庄屋は、みんなを連れてわが家に帰ろうとしました。
するとその時、急に空がくもってまっ暗になりました。耳をさくようなかみなりがなりました。大つぶの雨がたきのようにふり出し、はげしい風さえ吹きあれてきました。
「これは、いったいどうしたことだ。」
おそるおそる池をふり返ってみると、恐ろしい大蛇は池からとび出て、しぶきをあげながら、山を下りて天竜川めがけて走り去っていきました。その大蛇がにげこんだという淵を、蛇ぶちと呼んでいるそうです。
その後、いつの間にかこの池もなくなり、大蛇の話を聞くこともなくなりました。
※1 火の災難から人々を守る神
※2 江戸時代、村の事務をまとめる者、今の村長。
※3 男の召使い。