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鮎釣の地蔵様(あゆづりのじぞうさま)

大嶺 鮎釣

 鮎釣りの山の中に石仏(いしぼとけ)というところがあります。 そこには、一体のじぞう様が首まで小石にうまって置かれています。 なぜこんなに首までうまってしまったのでしょうか。 それには、こんなお話が伝えられています。

 昔、一人の旅人が鮎釣の山の中を通りかかると、急にこしのあたりがいたみ出して歩けなくなってしましました。旅人は、はうようにして先へ進もうとしましたが、とうとう力つきて、気を失ってしまいました。

 日がすっかり西にかたむいたころ、旅人は、やっと目を覚(さ)ましました。よく見ると高さが一メートルぐらいもある石のおじぞう様の前にあるこぶしほどの小石の上にたおれていたのに気づきました。すぐに旅人が立ち上がろうとするとあんなにひどかったこしのいたみも、すっかりなおっていました。

「はてさて、ふしぎなこともあるものだ。これはきっと、おじぞう様が小石になって、私のいたみをなおしてくださったのだ。ありがたい。ありがたい。」

 旅人は、おじぞう様になにかお礼をしなければと思いましたが、旅のとちゅうだったので、お供(そな)えする物を持っていませんでした。

 そこで、自分の年の数だけ丸い石を集(あつ)めて、おじぞう様にお供えをし、心をこめて手を合わせました。

そして、お礼のことばをくり返しながら立ち去って行きました。

 こうしたことがあってから、そこの石でいたいところをさすればなおるという言い伝えができ、そのおじぞう様にお参(まい)りする人が後をたちませんでした。

 もちろん、なおった人は、自分の年の数だけ、丸い河原(かわら)石をお供えしてお礼を言ったので、一メートルもあるおじぞう様も、首まで石にうずまってしまったということです。

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