天竜川を流れてきた大黒様
戸倉
昔、戸倉に天竜川を船で行き来する人々がとまる宿がありました。そこの主人は安さんとよばれていました。
あるとき、いく日もふりつづいた雨もやっとあがりました。
夜明けをまって朝早く起きた安さんは、川のようすを見ようとおもてに出ました。
川は、ふり続いた雨のために、川は水かさがまして、だくりゅうがうずをまき、音をたてて流れています。
「これじゃあ、宿も当分休みだわい。」
川の流れをながめて、安さんは一人ごとを言いながら、船着き場の方に近づいていきました。川のそばの柳の根本に立ってみると、なにものかしょうたいは分かりませんが、黒いまりのような形をしたものが、ぶつかり、ぶつかり、きしべに向かって流れてくるのが目に入りました。
「おや、なんだろう。」
と思って近づいて見ますと、それは木ぼりの大黒様でした。
おどろいた安さんは、さっそく水の中から大黒様を拾い上げ、しげしげとながめました。
「どこから来なすったか知らないが、もったいないことだ。こうしてわしの目にとまったからにゃあ、まつらにゃなるまい。」
そうつぶやくと、さっそく家に持って帰り、神だなにまつって朝夕ていねいにおまつりしました。
さて、この安さんは、わかいときからお灸をすえることが上手で、ときどきたのまれて近所の人にもすえてやりました。
大黒様を拾った次にも、となりのじいさんがやって来て、
「こしがいたくてたまらん。一つたのむよ。」
とお灸をたのみました。親切な安さんはいつもの調子で、
「さあさあ、こっちへどうぞ。」
と、ざしきへ上がらせて、さっそくお灸をすえてあげました。
お灸をすえ終わり、いろいろな話をしていたおじいさんが立ち上がると、今までがまんのできなかったこしのいたみが、うそのようになおっているのに気がつきました。思いがけないお灸
のききめに感心しながら、ふとかみだなの大黒様に目をやりました。
「おや、りっぱな大黒様だが、
いったいどうしただね。」
と言いました。安さんが、大黒様をまつっているわけを話すと、じいさんはすっかり感心し、
両手をあわせて何度も何度も大黒様をおがみながら安さんに言いました。
「安さんよ、あんたの親切な心が神様に通じて、大黒様がおいでになったにちがいない。ありがたいことだ。」
それからというもの、近所の人たちはいうまでもなく、遠くの人たちまで、毎日、安さんのお灸をたのみに来る人がたえませんでした。
「安さんのお灸は、いちょうにきくそうな。」
「いや、安さんのお灸は何にでもきくよ。」
とひょうばんになりました。
安さんの家では、今も昔どおりに大黒様をていねいにおまつりしているということです。