白ひげ童子
瀬尻 寺尾
昔々、寺尾に角えもんという人がいました。ある日、家のうらの方に、諏訪明神※1のお社※2を建てようと思いました。中村にいる助えもんをさそい、いっしょに山に入り、お社を建てるための木をさがすことにしました。
よい木はないかとさがしているうちに、いつの間にか、椎が沢というところに来ていました。
二人は足を止めて、
「このあたりの木がよさそうだ。どの木がよいだろう。」
と、見回し、さがしていました。
と、その時です。とつ然、どこからか、風がさあっとふいてきました。ガサガサと木のえだとえだが、ぶっつかる音がしました。そして、それといっしょに、
「やいやい、はやくにげろ。」
と、大きな声が聞こえてきました。
二人はびっくりして、声のする方をだれがいるのかと、じっと見ました。
そこには、白いひげをはやした男がいました。大きなもみの木のえだの上で、すぱりすぱりとたばこをすっているのでした。
「おい、あれは白ひげ童子※3ではないか。」
「そうだ。白ひげ童子にちがいない。」
と、おどろき、ふるえながら話をしました。
「にげろ。と言ったのは、きっと童子は、わしらの産土神(うぶすながみ)※4だからにちがいない。」
二人は、そうっとその場をはなれ、山の中を、家へ向かって急いで歩き始めました。
それから、三日すぎました。角えもんの家では豆をにて、みそ作りをしていました。すると、家の入り口の方で、
「角えもん、みそをこねる※5か。」
と、言う声がしました。だれだろうと思って、角えもんが入り口の方を見ると、すねだけが見える大男が、家の表に立ってよんでいるのです。角えもんはこしがぬけるほどおどろきました。
「お、おい。見ろ、あれを。」
角えもんは、入り口の方をあわてて指さし、おかみさんに話しかけました。おかみさんはふりむき、入り口の方を見ましたが、何も見えません。
「何も見えん。何を見たのかね。」
「いや、たしかに聞こえた。この目でたしかに見たんだ。」
それにしても本当に不思議なできごとでした。
角えもんは、なぜか、急に中村の助えもんのことが気になり始めました。じっとしていられなくなり、急いで、助えもんの家に行きました。助えもんは、その日の朝から気分が悪くなり、家でねていました。
角えもんは、早くようなるよう助えもんを見まい、帰りました。
しかし、助えもんは、気の毒にもだんだん病気が悪くなり、とうとうなくなってしまいました。
村の人たちは、この話を聞いて、白ひげ童子のことをひどくにくむようになりました。そして、村の人たちは、だんだんと白ひげ童子の話は、しなくなりました。
椎が沢に近い神妻(かつま)というところに、月花(げっか)わかさの守(かみ)とよばれる神官※6がいました。
ある夜、わかさの守のゆめの中に、白ひげ童子があらわれ、話しました。
「私は、椎が沢の白ひげ童子だ。わたしの体は、一丈六尺(約五メートル)あまりもある。わたしが入れるようなお宮は、なかなかできないであろう。八寸四方※7のお宮でいいからさっそくつくってまつってくれ。」
わかさの守は、夢でのお告げのとおりに、さっそくお宮をつくり、椎が沢にまつりました。
それから何年かたちました。
ある年、三河(愛知県東部)の国では、大日照りが起きました。田には一てきの水もなく、農民たちは、大変こまりました。
そこで、農民の代表の人たちは、雨ごい※8のごきとうをしてもらうため、いくつもの山をこえ、はるばる秋葉山までやってきました。
瀬尻の高与まで来ると、一人のお坊さんに出会いました。
「あなた方は、どこへ行かれる。」
とたずねられました。
「はい、雨ごいのごきとうをしてもらうために、秋葉山へ行くところです。」
と、答えると、
「そうか。」
と、たった一言言ったきり行ってしまいました。
農民たちは、秋葉山でごきとうをしてもらい、もと来た道を引き返しました。すると、同じ場所で先ほどのおぼうさんに、また会いました。
「秋葉山では、なんと言われたか。」
と、たずねられました。
「はい、気の毒だが、雨はしばらくふらないだろう。と言われました。本当に困ったことです。」
と、元気のない声で答えました。
「そうか。それはお困りだな。神妻のわかさの守にたのんでみるとよいだろう。」
というと、行ってしまいました。
喜んだ農民たちは、急いで神妻に行き、わかさの守に会いました。そして、高与で会ったお坊さんの話をしました。
わかさの守は、静かに聞いていましたが、
「そのお坊さんこそ、白ひげ童子をまつった、椎が沢の明神様にちがいない。さっそく椎が沢へ行ってごきとうをしてあげましょう。」
と話すと、椎が沢へ行き、一生けんめいごきとうをしました。
農民たちは、お札をもらい、帰りの道を歩きました。浦川のあたりまで来たとき、急に空は曇り始め、たちまち大雨がふってきました。
農民たちはめぐみの雨に救われ、椎が沢の白ひげ童子は、明神様とあがめられるようになりました。
また、五穀豊じょう※9の神様として大切におまつりをしました。
その後、白ひげ童子の姿を見た人はいませんが、雪のふった日、瀬尻の大平あたりで、大きな片方の足あとを見ることがありました。村の人たちは、大平の一本足とよんだそうです。
※1諏訪湖を守るいげんと徳のある神。
※2神様をまつる建物。
※3せの高さ五メートル、何事も自由にできるという山男。
※4その人の生まれた土地を守る神様。
※5ねってまぜる。
※6神様につかえ、お世話をする人。
※7一辺が約二十四cmの正方形。
※8雨がふるようおいのりをすること。
※9五穀豊じょう 穀物が豊かに実る。